滑床渓谷の紅葉

先日夫が入院している病院から電話があり、「随分回復してきているものの、まだ完治には至っておらず、当初の予定よりも退院は先になりそう」とのこと。

今月中に自宅に帰るのは難しそうです・・・

 

私の方はいろんな方の協力を得つつ、なんとか任務をこなしております。

スタッフはもちろん、お客さんや施設の利用者の方まで手を貸していただき、有難い限りです。

 

自分がどこまでできるのか、自分だけではどうにもならないのはどの部分なのか、日々考えながら試行錯誤しております。

常々「自分の力を適正に見極めること」が大事だと感じていて、今回がいい実力試験になっているのかもしれません。

不安は、分からないから感じてしまうので。

どうしたって他人の事は分からないものなので、せめて自分の事くらいは正しく認識しておきたいのかもしれません。

 

 

はてさて、先日は滑床渓谷に紅葉を見に行っていました。

夫は不在ではありますが、大好きな紅葉を諦めたくなくて。

紅葉を楽しめないのを、夫がいないせいにしたくないし。

自分の行きたいところに自分を連れて行ってあげるんだ!と意気込みました。

 

時期的にちょっと遅いかも?と危惧しておりましたが、まさに絶好のタイミングだったようです。

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雨女の私にしては珍しく、天気も良好!!


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スマホのカメラで撮ると、モサッと扁平になりがちな風景写真。

手前にポイントとなる主役を置いて、遠景へと視線を誘導してあげると魅力的に映るらしいです。

 

でもやっぱり、写真でこの感動を伝えるのは難しい・・・

現実は、カメラが捉える風景の方が正しいんだろうけれど、生身の人間だからこそ感じられる美しさがあるんだろうな。

肉体が現実を補正して、感動を演出している。

待ち望んでいた紅葉にフォーカスして、ググっと彩度を上げて、より魅力的に感じているんだと思います。

 

葉擦れの音が、頭上の青空へと駆け上がっていきます。

足元には、連綿と流れ続ける渓谷の水音。

葉影から差し込んでくる陽の光、陰影を生む幹と枝。

私以外誰もいないのに、とても賑やかで。

 

多分、いつでもどこでも世界は賑やかなのだけれど、自分の世界に閉じこもっている間は、そのことに気づけないんだろうな。

「忙しい」は「心」を「亡」くすと書くけれど、心に今を感じる余裕を取り戻せば、世界にはいろんなものが溢れていました。

 

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紅葉真っ盛りも素敵だけれど、こんなグラデーションもまた尊い・・・
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写真で一枚一枚葉の重なりを眺めていると、葉擦れの音が耳に蘇ります。

高みに上っていくのか、深淵に落ちていくのか、分からなくなるような音。

天地がくるりと返るような、目眩に似た不思議な感覚でした。


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紅葉の形は、

銀河の星屑にも

花火の火花にも似て。

やはりチカチカと賑やかです。

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岩の窪みに溜まった水が鏡になって、映り込んだ逆さ紅葉。

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歩いて移動しているので、映り込む角度は一瞬で過ぎてしまいます。

見逃さなくて良かった!

 

皆様にご覧いただきたい写真がたくさんありすぎて(これでも半分以下に絞ったのですが)、滑床渓谷の目玉・雪輪の滝まで紹介しきれませんでした(;^_^A

よろしければまた次回、雪輪の滝編もお付き合いくださいね。