「可哀そう」はネガティブワード?

滅多に口にしないけど、時々ふとこぼれてしまう「可哀そう」という言葉。
不快感を示す人は割合多いようだ。

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「可哀そうな人」と上から目線で見下されている気分になるのだという。
私に、「可哀そう」という言葉を初めて使ったのは主人だった。


「つらい想いをさせたら可哀そうだから・・・」

という文脈だったから、
不快感というよりは思いやりを感じた。
しかしながら そのとき

「ん?可哀そう?私が?」

と一抹の違和感を覚えたのも事実。

 

「可哀そう」と言われることに過敏になっている人も少なくない昨今、
誤解を与える言葉はなるべく回避したい。
とは言うものの、「お気の毒」というのも突き放した物言いに聞こえ、冷たく感じはしないだろうか。
他に適当な言葉が見つからないから、ついつい「可哀そう・・・」

と口をついてしまい、

「あ、しまった!傷つけたかな?」

と相手の様子を盗み見るのだ。

 

こういうものは、礼儀作法と同じで 言葉の型を作ってしまえば、
とっさの時にも慌てずに 適切に気持ちを表現できるのではないか。

 

「どれほど辛かったでしょう」
「どんなにか悩んだでしょう」

 

と相手の気持ちに共感し、

 

「お気持ちを思うと胸が痛みます」

 

と自分の気持ちを伝える。

 

さらに、これは自分が言ってもらって嬉しかった言葉だが、

 

「私にできることがあったら遠慮なく言ってね」
「困った時はお互い様だよ」

 

なんて添えられたら、一発でファンになってしまう。

 

私は天邪鬼なので、

 

「助けるなんて安請け合いしちゃって大丈夫かな?」
「いざ頼られた時に どうしても助けられない状況だったら?」

 

とか ごちゃごちゃと心配してしまって、
「力になるよ」の一言が言えなかった。

 

でも、「力になりたい気持ち」は言葉にしなければ1mmも伝わらない。
実際に頼ってもらえたら、その時に自分にできる精一杯でお応えしたらいいのだ。
助ける方法は一つじゃないはず。
だから、言葉一つで大切な人たちを励ますことができるのなら。
臆せず 素直な気持ちを言葉にしていきたい。

 

「どんなにか辛かったでしょう。
 心が痛みます。
 困った時はお互い様だから、私に何かできる

  事があれば 遠慮なく言ってね!」

 

「可哀そう・・・」じゃなくて、これが本当に伝えたかったことだった。